玉村 さんのいろんなことを調査・記録するヒッタイト人のことについて
このような人種がいたこと大変興味深いです。
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ヒッタイト人は黒海を渡って来た北方系民族といわれてきた。しかし、近年、逆にインド・ヨーロッパ語族が、この地域アナトリアを故郷として広がって行ったという説も提唱されている。紀元前1680年頃にクズルウルマック("赤い河"の意)周辺に王国を建国し、後にメソポタミアなどを征服した。エジプトの遺跡には、3人乗りの戦車でラムセス2世と戦うヒッタイト軍(ムワタリの軍)のレリーフが描かれている。
青銅器時代、最初に鉄を使い始めたことで知られている。当時、鉄は隕石からごくまれにしか採れなかったが、トルコのカマン・カレホユック遺跡にて鉄滓が発見されている。近年、ヒッタイト以前の紀元前18世紀頃(アッシリア商人の植民都市がアナトリア半島一帯に展開した時代)に鉄があったことが明らかにされた。鉄の製法はヒッタイトが滅びるまでは秘密にされた。その他にも、他国に青銅を輸出或いは輸入していたと見られる大量の積荷が、海底から発見された。通説では紀元前1190年に、民族分類が不明の「海の民」によって滅ぼされたとされている。
なお、ヒッタイト王の称号は、タバルナであるが、これは古王国の初代王であるタバルナ1世、また、ラバルナの名を継承したハットゥシリ1世の個人名に由来し、後にヒッタイトの君主号として定着したものである。ヒッタイト王妃の称号はタワナアンナであるが、これも初代の王妃であるタワナアンナの名を継承したといわれている.
引用『ウィキペディア(Wikipedia)』